東松山専用鉄道高本線跡1

西武鉄道安比奈(あいな)線探訪の午後。
昼飯を食べ、十二分に水分補給をし体力回復をした。
サトちゃんが事前に仕入れてきたネタ、東松山専用鉄道高本線を探訪することになった。
(東武東上線高本貨物支線、日本セメント東松山専用鉄道と色々な名称があるようだ。)
この廃線跡、午後から歩いて辿るには時間的に無理があるのだそうだ。
距離的なものもあるのだが、街中を抜ける廃線跡故に完全に消失している区間もある。
よって、ツマミながら進む事にし、サトちゃんの車に乗車。
発車〜! 出発進行〜♪

高本線
↑カーソルを乗せると手書き路線を表示する 国土情報ウェブマッピングシステムより

高本線が分岐していた東武東上線高坂駅を目指す。
運転はサトちゃんに任せ、資料解読は師匠に任せ、アタシは後部座席での〜んびり♪
 高坂駅を↓の踏切(北側)から撮影。

おそらくここが分岐始点だろう。
こういう形のは初めて見た。
「鳴り出してから入ると
 閉じこめられる
 事故のもと」

 ごもっとも。
踏み切りから北を望む。

左側のよくあるフェンスと、にょろにょろの様なコンクリート柱の間に高本線があったのだなと確認出来る幅が残る。
ズイッと進んで振り返って撮影。

この高本線跡地は現在ドコの所有なのだろうか。
東武鉄道であればこのフェンスでは無いだろうと思うし。
このコンクリートはなんだ?。
ホーム跡?
それに、縛られ積まれた柱は架線柱??

この廃線跡、ネット上でも完全解明された記事は見受けられなかった。
いや、この鉄道本来の歴史はアチコチで見られる。
が、
このコンクリートやなんかの様な細かなモノの用途については無い様だ。
北へ向いて撮影。

徒歩ならば、このマント群落の中へ突入せねばならなかったかも(^^;
 県道344号線へワープ!
 たぶんここ→地図

この県道、サトシさんは何度も通っていて、
この道路脇の空地とでも言うべき空間が気になっていたんだそうだ。
確かにこの空間は気になる。
妙に小奇麗に刈られた直線路だもの。
 次も突然飛ぶ!

鬱蒼と茂る中に張る鉄線フェンス。
あ〜〜んど藪ッ蚊!!!!!

その場所とは!?
 そう。

いや、アタシにとっては“そう”。

関越自動車道を北上し、高坂SAを過ぎてスグに頭上に現れるこの使われて無さそうななぞの橋!!
これ、ずーーーーっと謎々だったのだ。

ただ漠然とだった、今までは。
なんで電車の様な鉄柱が立ってんのに電線も無いのだろう?
なんで・・・なんで??・・だった。
これが鉄道廃橋だったなんて。
しかも関越道より昔にあって、
自動車高速道を通すために新たに作られた鉄道橋だったとは。
あぁ〜確かに関越だわ。
騒音防止ドーム屋根が見える。
渡橋路の向こうに。
もう一度植物が繁茂してない時期に訪れたい場所になった。
さて。

高本線はその後どう進んだか。

←この写真にも解り辛いが丘陵の腹あたりに境界線ぽく見えている。
この民家の裏手をよく見ると木々が途切れている部分がある。
空にはエンジン付きパラグライダー。
気持よさそうだった。
ようやっと見つけた廃線跡。
ここは秩父鉱業入口付近。

東に向いて撮影。

こう、アップにして撮ると何が何だかわからん。
秩父鉱業敷地内を遠望。

このアスファルトは鉄道跡ではなく、敷地内へと入る道路。
鉄道跡はと言うと・・・
この神社の北側斜面のどこかを通っているはずだが、民家に取って代わられたのかどこだかわからなかった。
右側に見える建物は集会場か社務所。
そのさらに右側に↑の社が建つ。

左側のブッシュは秩父鉱業との境で、
その間、この写真の真ん中に引き込み線があった様に思える。
さて、丘陵を下りて続きを探しましょうかね。

ちなみにこの写真には築堤が写っている。
これが甘い罠だった。
ここから先、廃線跡を求めてエラク彷徨う事になる。


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